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東京高等裁判所 昭和46年(ラ)409号 決定 1971年8月20日

抗告人(被審人) 日本航空株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一、抗告代理人は、「原決定を取り消す。抗告人を処分しない。」との決定を求め、その抗告の理由は、次のとおりである。

(一)  憲法上及び法律上の判断の回避について

飛行訓練の危険性は、抗告人提出の資料に照らして明白であり、原決定もまたこれを認めるところである。抗告人は、かゝる生命の危険を伴う訓練の実施を過料の制裁をもつて強制することが、憲法の条規に違反するものであり、また、間接強制につき従来確立されている判例、学説の立場にも反することとなる旨を主張しているのである。しかるに、原決定は、抗告人の右主張について何ら判断するところがない。本件の如く、訓練わけても生命の危険を伴う訓練を救済命令ないし緊急命令をもつて命じた事例は、未だ存在せず、本件が最初のケースであるから、裁判所としては当然抗告人の右のような憲法上、法律上の疑問に対して明確に答える職責があつたはずである。

(二)  訓練実施の可能性の認定について

1  抗告会社の訓練担当の教官全員が藤田、丸山両名の飛行訓練の実施に生命の危険を感じ、その担当を忌避している。従つて抗告会社としてはこれらの教官に対し業務命令を発して右両名の訓練を命ずることができないことは、事柄の性質上当然至極といわなければならない。

2  原決定は、「藤田および丸山の本件懲戒解雇は違法な争議行為をなしたことを理由とするものであつて同人らの副操縦士としての技倆ないし適格性の欠如を理由とするものでないところ、当裁判所は右解雇を不当労働行為と認めて発せられた前記都労委の救済命令を一応是認して本件緊急命令を発したものである以上、被審人主張の如き事由をもつて訓練実施不履行の正当な理由とはなし難い」と説示しており、右説示は、問題の把握において根本的な誤りを犯しているものである。抗告人は、本件において懲戒解雇の理由の存否を問題にしているものではない。現在の状況を前提として訓練実施の不可能なことを主張しているのである。例えば、交通事故を起して刑事裁判中であるため情緒の安定を期し難い者に対して、抗告人としては到底危険な飛行訓練を実施することはできない。同様の理由により藤田、丸山両名に対して現在飛行訓練を実施しうる状況にないことを主張しているのである。もし原決定のような理由をもつてすれば、仮りに藤田、丸山両名が精神に異常を来したような場合にも、それが本件解雇の理由とは関係がないとて、抗告人は訓練の実施を強制されることとなろう。その不当なことは、いわずして明らかである。

3  原決定は、「右両名が現にその解雇をめぐつて被審人と訴訟において係争中であるとの一事をもつてしては、両名の精神状態が訓練に支障を来たす程不安定なものであるとは断じ難い。」と説示する。しかしながら、本件係争は、抗告会社における乗務員の姿勢及び労働組合による争議の在り方についての根本的問題、即ち、外人セーフテイ・キヤプテン導入による機長訓練の促進及び飛行技術上無用となつたカイロ、カラチ間の航空士乗務廃止の是非並びに飛行便の出発予定時刻直前に抜き打ちの指名ストを敢行して旅客を混乱に陥らせること及び出発前準備作業を終了した乗員を指名ストに入れてその作業を無駄にさせることの是非が争点となつているのである。しかして、現在抗告会社の操縦教官は、いずれも本件争議に関して藤田、丸山らと意見を異にし、同人らがその幹部である日本航空乗員組合を脱退して、日本航空運航乗員組合を結成し、本件争議に関しては一貫して会社の立場を支持しているのである。従つて教官と藤田、丸山との間に見解の対立があり、緊急な相互連繋とこれを支えるに足る精神的共同を容易に確保し難いことは、明らかである。そもそも飛行訓練に際しての緊密な連繋は、意識的な精神的緊張のみによつて確保されるものではなく、教官と訓練生との間に無意識的に醸成される連帯意識によつて始めて確保されうるものであり、それが訓練に際して一瞬の判断と動作に決定的な影響を及ぼすことになるのである。なお、藤田、丸山らにより企画実行された本件争議の目的の一に前記外人セーフテイ・キヤプテンないし外人乗員の導入に対する反対があり、外人教官も右両名を快く思わないことは明白であるから、外人教官をして右両名の訓練を担当させることも適当でない。

(三)  訓練内容の不特定性について

原決定は、「藤田および丸山についても、教官による技能低下の程度の審査を経たうえ、その技能の程度に相応した訓練時間および内容が自ら確定されるべき筋合のものであるから、右訓練内容が不特定であるとはいえない。」と説示するが、訓練の如きは、訓練生の能力、熱意、態度等によりその効果が大きく左右され、やつてみなければ果してどれだけの成果が挙がるものか分らないのである。当初の技能低下の程度の審査で訓練時間及び内容が自ら確定するとする原決定の判断は、全く失当というほかはない。そもそも本件争議の原因となつた外人セーフテイ・キヤプテンの導入の必要性が生じたのは、副操縦士に対するCV―八八〇型機機長への昇格訓練が所期の成果をあげなかつたからであり、又本件緊急命令による訓練の対象となつた四名のうち航空士小嵜及び航空機関士田村については、抗告会社においてシラバスを作成しそれに従つた訓練を終了したのであるが、両名とも単独で乗務する自信がないというので、このたび再びこれにつき訓練を実施することとなつた。右のような点に想到するとき、本件緊急命令の要求する訓練の内容が不特定であり、到底過料の制裁による強制に親しまないことが明白であると考える。

二、よつて右抗告の理由について判断する。

(一)  「訓練実施の可能性の認定について」の主張について

本件記録によれば、飛行訓練は、各種の非常緊急事態を想定してこれに対処する技術を習得させることを目的として実施されるものであつて、危険を伴い、従つて訓練生の情緒安定と、教官、訓練生相互間の連繋とこれを支えるに足る精神的共同の確保を必要とすること、抗告会社の訓練教官は、すべて藤田、丸山らに対する懲戒解雇の原因となつた本件争議に関して同人らと意見を異にして、日本航空乗員組合を脱退して、日本航空運航乗員組合を結成したものであつて、前記両名との間に会社の運航方針等に関して見解の対立があり、右両名の飛行訓練の担当を忌避する旨の意思表示をしており、外人教官も同じく忌避の意向を有していること並びに右両名と抗告会社との間に同人ら懲戒解雇の効力をめぐつて訴訟が係属していることが認められる。しかしながら右藤田、丸山の両名が同人らに対する懲戒解雇の効力をめぐつて抗告会社と係争中であるとの一事をもつてしては、右訴訟における主たる争点が抗告会社の主張するとおりであるとしても、このことをもつて右両名が飛行訓練生として要求される情緒の安定を欠いているものと認めることはできない。次に抗告会社の教官全員が本件争議に関して藤田、丸山らと意見を異にし、別個の労働組合を結成し、会社に全面的に協力している点よりして互いに快く思つていないことは推認するに難くなく、このことが飛行訓練において要求される教官と訓練生との間の相互連繋並びにそれを支える信頼関係の確保に支障を及ぼすおそれなしとしないこともまた推測できなくはなく、抗告会社の教官がこぞつて藤田、丸山両名の訓練担当を忌避しているのもこの点を危惧しているためであることは、容易に認めることができる。しかしながら、抗告会社としては、自社の教官に藤田、丸山両名の飛行訓練を担当させることが安全性確保の見地から困難であると認めるときは、右訓練を他の航空会社等に委託する等本件緊急命令を実施する方法は残されているのであつて、抗告会社の主張する安全性確保の見地からするも本件緊急命令を実施することは不可能とはいいえない。しかるに本件記録にあらわれた全資料をもつてするも抗告会社においてかゝる努力をしたことは認めることはできない。本件緊急命令について不服を有するとしても法定の手続によりその取消、変更の申立て(労働組合法第二七条第八項)、あるいは救済命令の効力停止の申立て(行政事件訴訟法第二五条)により救済を求めるは格別、緊急命令の効力の存続する以上は、受訴裁判所が救済命令の適法性と緊急命令の必要性があると判断してなした緊急命令を遵守すべく出来る限りの努力をすべきであり、従つて抗告会社主張の如き事由をもつてしては、飛行訓練不履行の正当事由とはなしえないものと考える。よつて原決定には、抗告会社の主張する如き憲法の条規に違反する瑕疵があるものということはできない。

(二)  「訓練内容の不特定性について」の主張について

本件緊急命令において抗告会社に対し、藤田、丸山らの技能を回復させるために必要な訓練を行うべき旨を命じている趣旨は、抗告会社に対して右両名が四年余のブランクによつて低下した技能を回復し、抗告会社において乗務させるのが適当と認める技能水準に達せしめる程度の訓練の実施を命じているものと解すべきところ、本件記録(資料九、同一四)によれば、操縦訓練については、訓練生の機種資格の有無、飛行経験及び技倆の程度等により多少異るものの標準的な訓練時間とその内容が定められていることが認められるから、これに基づき藤田、丸山両名についても現在の技能程度より判断してこれを副操縦士として乗務させるに適当な技能を回復させるに通常要する訓練時間及びその内容は、その能力、熱意等により多少の個人差はあるとはいえ、自ら確定しうるものというべきであるから、この点に関する抗告会社の主張も理由がない。

三、その他本件記録を精査するも、原決定にはこれを取り消すべき違法又は不当の点は見当らないから、原決定は相当であり、本件抗告は、理由がないから、これを棄却すべきものとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 石田哲一 小林定人 関口文吉)

原決定の主文および理由

主文

被審人を過料二〇〇万円に処する。

手続費用は被審人の負担とする。

理由

一 本件記録によれば、次の事実が明らかである。被審人は、昭和四〇年五月七日その従業員でいずれも中央運航所乗員部(昭和四四年七月一日被審人会社の機構改革により現在は運航乗員部と名称変更)所属の、航空士であつた小嵜誠司、DC―八型機航空機関士であつた田村啓介、CV―八八〇型機副操縦士であつた藤田日出男およびDC―八型機副操縦士であつた丸山厳の四名に対し、違法争議をしたとの理由により懲戒解雇をしたところ、右四名は被審人を被申立人として東京都地方労働委員会に右解雇は不当労働行為であるとして救済命令の申立をし(都労委昭和四一年(不)第二〇号不当労働行為申立事件)、同委員会は昭和四二年八月二二日、「被申立人は、申立人小嵜、田村、藤田、丸山に対し、次の措置を含め昭和四〇年五月七日以降同人らが懲戒解雇されなかつたと同様の状態に回復をさせなければならない。(1)、同人らを原職に復帰させること、(2)、同人らの技能を回復させるために必要な訓練を行うこと、(3)、同人らに対し同人らが解雇の翌日から復帰までの間に受けるはずであつた賃金相当額を支払うこと。」との救済命令を発した。被審人は中央労働委員会に対し再審査申立をしたが(中労委昭和四二年(不再)第五三号事件)、昭和四四年六月一八日同委員会において「再審査申立を棄却する」旨の命令をなしたので、同年八月一日同委員会を被告として当裁判所に対し再審査申立棄却命令の取消を求める行政訴訟を提起した(当庁昭和四四年(行ウ)第一五五号救済命令取消請求事件)。中央労働委員会は同年九月六日被審人を被申立人として緊急命令の申立をし(当庁昭和四四年(行ク)第五三号緊急命令申立事件)、当裁判所は同年九月三〇日、「被申立人は、被申立人を原告とし、申立人を被告とする当庁昭和四四年(行ウ)第一五五号救済命令取消請求事件の判決が確定するまで、申立人が中労委昭和四二年(不再)第五三号事件において維持した東京都地方労働委員会の昭和四二年八月二二日付命令(都労委昭和四一年(不)第二〇号不当労働行為申立事件)に従い、小嵜誠司、田村啓介、藤田日出男および丸山巌らを昭和四〇年五月七日当時の原職に復帰させ、同人らの技能を回復させるために必要な訓練を行ない、昭和四〇年五月八日以降原職に復帰するまでの間に同人らが受けるはずであつた賃金相当額を支払わねばならない。」との決定をし、右決定は同年一〇月一日被審人に送達された。しかるに被審人は昭和四〇年五月七日当時の原職である中央運航所乗員部(現在は運航乗員部と名称変更)の、小嵜は航空士、田村はDC―八型機航空機関士、藤田はCV―八八〇型機の、丸山はDC―八型機の各副操縦士に復職させず、また原職復帰に必要な技能を回復させるための訓練も行なわなかつたため、当裁判所は中央労働委員会からの右緊急命令不履行通知に基づき、昭和四五年五月一八日右緊急命令の不履行を理由として、被審人を過料二〇〇万円に処する旨の決定をした。その後、被審人は、ようやく同年八月一七日に至り、小嵜ら四名に対し、それぞれ前記原職に復帰せしめる旨の辞令を交付し、さらに小嵜および田村の両名については同月二〇日にシラバス(訓練要綱)を示したうえ同年一〇月以降実際に訓練を開始するに至つたが、副操縦士である藤田および丸山については、その訓練が格段に危険である等という理由により現在に至るまで訓練を開始していない。なお前記四名と被審人間には、前記懲戒解雇の効力をめぐつて雇傭契約存続確認等請求訴訟が存し、右訴訟は目下東京高等裁判所に同庁昭和四四年(ネ)第二、三九三号事件として係属中である。

二 被審人は、本件緊急命令の基礎となつた前示東京都地方労働委員会の救済命令にいう「技能回復のために必要な訓練」については、その訓練の要否およびその程度、内容は被審人の判断で定まるから右訓練を命ずる部分は、訓示的なものであり、また訓練の内容が不特定であるから強制に親しまず、その不履行に対して制裁を科するのは憲法三一条に違反する旨主張する。

たしかに技能の低下の程度の判定、これに応じた訓練内容の決定および如何なる訓練の段階をもつて、技能が回復し、乗務させるのに適当な技能水準に達したかの判断はもとより被審人の判断に委ねられているものといいうるが、しかしながら、かつて副操縦士として乗務していた藤田、丸山の両名が四年余のブランクによつてその技能が低下したであろうことは疑い得ないから、前記都労委命令は同人らの職種が高度の安全性と技術性とを要請されていることに鑑み、同人らを実質的に原職復帰させるべく、同人らの低下した技能を回復せしめ、乗務させるのに適当な技能水準に達せしめるための訓練を被審人に義務づけているものと解すべきであり、右命令をもつて単に訓示的なものということは到底できない。

また副操縦士は機長を補佐し、機長に万一の故障があるときは、これに代つて操縦捍を握り飛行機を目的地まで操縦する任務を有するものであるところ、被審人会社の運航訓練部教官室長鵜殿純作成にかかる陳述書(被審人提出にかかる資料九)によれば、操縦訓練については訓練生の飛行経験の程度、技倆程度などにより多少異なるものの、標準的な訓練時間とその内容が定められていることが認められ、したがつて藤田および丸山についても、教官による技能低下の程度の審査を経たうえ、その技能の程度に相応した訓練時間および内容が自ら確定されるべき筋合のものであるから、右訓練内容が不特定であるとはいえない。

よつてこの点に関する被審人の主張は採用できない。

三 次に被審人は副操縦士の訓練飛行については危険度が格段に高いものであるから、人命尊重および飛行の安全性確保の見地より訓練を受ける者の情緒安定および教官との緊密な相互連繋が要求されるものであるところ、藤田および丸山の両名は本件解雇をめぐる紛争により現在極めて精神的に不安定な状態にあり、また教官らは両名の従来の過激な理論と行動に対し反感を抱いて、その訓練を担当することを忌避する意向を示しているのであつて、かような状況のもとにおいては訓練実施はその安全性確保の見地からみて不可能であるから、訓練を開始しなかつたことにつき正当な理由があるというべく、これに対し過料の制裁を科することは憲法一三条および一八条に違反する旨主張する。

たしかに、副操縦士の訓練には、事柄の性質上、危険をともなわないとはいい難いところであるから、その訓練の際には訓練生の情緒安定、教官との相互連繋が要請されることは推測するに難くないし、また被審人提出の諸資料によれば、若干の教官が藤田および丸山の組合活動に反感を抱いて同人らの訓練を担当することを忌避する意向を示していることが認められる。しかしながら、右両名が現にその解雇をめぐつて被審人と訴訟において係争中であるとの一事をもつてしては、両名の精神状態が訓練に支障を来たす程不安定なものであるとは断じ難い。また藤田および丸山の本件懲戒解雇は違法な争議行為をなしたことを理由とするものであつて同人らの副操縦士としての技倆ないし適格性の欠如を理由とするものでないところ、当裁判所は右解雇を不当労働行為と認めて発せられた前記都労委の救済命令を一応是認して本件緊急命令を発したものである以上、被審人主張の如き事由をもつて訓練実施不履行の正当な理由とはなし難いばかりでなく、被審人において右緊急命令を遵守尊重して、教官らに対し藤田らの訓練実施を命じた場合になお両者間に訓練における相互連繋、信頼関係の回復を期待しがたく、訓練実施が危険であることを推認させるに足りる証拠資料もみあたらない。

したがつて被審人のこの点に関する主張も採用できない。

四 以上によれば、被審人は昭和四五年五月一九日以降も現在に至るまで本件緊急命令中藤田および丸山に対する原職復帰およびそのための訓練を命じた部分については履行しなかつたものであり、右被審人の所為は労働組合法第三二条に該当するので、諸般の事情を考慮のうえ、同条所定の過料金額の範囲内において被審人を過料二〇〇万円に処することとし、手続費用の負担につき非訟事件手続法第二〇七条第四項を適用して主文のとおり決定する。

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